対談/vol.10

しょくスポ対談

vol.10 井村 穣 さん

vol.10のゲストは、スコーンが大人気のパン屋「キィニョン」を経営している井村穣さんです。国分寺や立川を中心に<地域に根ざしたパン屋>を目指している井村さん。“元サラリーマン”の知識、経験を活かし、魅力溢れる店舗作りを日々実践しています。そんな井村さんにサラリーマン時代のこと、パン屋「キィニョン」のこと、そして地域との関わりについて伺いました。

井村 穣(いむら ゆたか)


株式会社キィニョン代表取締役
1966年石川県生まれ。中央大学文学部卒業後、丸井に入社。紳士用品売場、社員教育、福利厚生などの担当を務めた後、丸井労働組合、日本サービス流通労働組合連合に出向。2005年丸井退職後、NPO法人カッセKOGANEIを設立し代表理事に就任(現在も継続)。2007年キィニョンに入社。2008年4月から現職。
(株)キィニョンは、国分寺本店、国分寺マルイ店、エキュート立川店、(お菓子の店)クレムテ国分寺マルイ店の4店舗を展開。


キィニョンHP

※プロフィールは対談公開時(2009年2月24日)の
  ものとなります。

パン屋「キィニョン」

-井村さんの現在の仕事内容を教えてください。
東京の国分寺と立川で「キィニョン」というパン屋を経営しています。具体的な仕事は、もちろん経営全般ですが、まだまだ小さな会社なので総務・人事・経理などの事務全般と外部への営業、各店の品揃えや販促の計画などは私が担当です。お店で販売することもあるので、パンの製造以外のすべてが仕事の範囲になっているという感じです。
-私も先日お店に伺いましたが、とてもかわいらしいお店ですよね。
ありがとうございます。キィニョンのキャラクターやお店の雰囲気が女性のお客様に気に入っていただいているようです。お店や販促物などのデザインは、社員の女性スタッフとアルバイトの美大生がアイディアを出し合って作っているんです。
-「女性目線」のデザインなのですね。お店の人気商品はなんですか?
一番人気は「スコーン」ですね。普通のスコーンと違って生クリームで作っているのでしっとりしているのが特徴です。20種類以上のフレーバーがありますが、お店には定番品と季節商品を合わせて常時8種類くらいが並んでいます。
-私も頂きましたが、しっとりしていて、とても美味しかったです!人気が出る理由が分かります。その他にはどんな種類のパンがあるのですか?
クリームパンやコロネなどの菓子パン、フォカッチャやドッグなどの惣菜パン、食パンやヴァイツェンなどの食事パンなどなど・・・ほぼフルラインでいろんな種類のものを揃えています。本店ではオーダーに合わせたオリジナルのパンも作りますよ。
-聞いただけで美味しそうですね・・・。
でも「経営者」って大変だと思いますが、“お休み”ってありますか・・・?
休みは・・・そう言われればないですね(笑)。ただ、一人でやっている事務仕事が多いため自分でスケジュール調整ができるので、仕事の合間をみて家族で過ごす時間をとったり、友人と会ったりする時間をとるようにしているためかストレスは感じないですね。

▲キィニョン 国分寺本店
-百貨店での催事も行っているそうですが、どのくらいの頻度で行っているのですか?
月によって違いますが、今年になってからはかなり入っていて、月の半分から2/3くらいでしょうか。
-そんなに!大人気ですね。それは関東近辺だけですか?
去年の秋くらいまでは多摩地区だけで出店していたのですが、ありがたいことにスコーンの評判が良くて、都心のお店からも声がかかるようになって、年末からは銀座や渋谷のお店でも行うようになりました。多くの方にキィニョンのことを知ってもらう機会ができてありがたいですね。            
-HPではネット販売もしているとのことですが。
はい、昨年から本格的なショッピングサイトをオープンしました。都心で百貨店催事をやるとアクセス数も増えてネット販売の売上が増えるようで、催事はいいプロモーションの場なんだなーと思っています。
-他にはどのような事業をやっているのですか?
地元の保育園やレストランなどにパンを卸したり、ショッピングカタログにも商品を提供しています。昨年からそういった卸の仕事も入れるようにしています。

NPOがなぜかパン屋に

-でもなぜパン屋になったのですか?当初はサラリーマンだったと伺ったのですが?
もともと百貨店に16年勤めていたんです。会社では、売場での販売をはじめ社員教育や福利厚生関係などの仕事をやらしてもらいましたが、最後の6年間は会社から離れて労働組合の専従役員までやりました。
-いろいろ経験されたのですね。
はい。何回か転職したと思っちゃうくらいいろいろな部署で全く違う仕事を経験させてもらいました。とくに最後の3年間は、労働組合からさらにその上部団体である流通業界の労働組合の連合会に出向してました。そこでは産業政策の担当として、小売業の利益になる政策を作り、連合、役所、政治家などに政策要請するというのがメインの仕事でした。
私が居た時はちょうど小売業界、とくに地方百貨店の業績が厳しい時期だったんですが、それに対応した政策づくりを進める中で、店だけではなく店が立地する市街地自体が疲弊していることが根本の問題なんだろうと考えたんです。そこで、疲弊したまちを何とかするための「まちづくり政策」という政策をつくり組織をあげて取り組んでいくことになったわけです。
-その「まちづくり政策」というのはどういう内容だったのですか?
簡単にいうと、通常の政策のように国や自治体に法改正や公共事業などを要請するだけではなく、そこに住む住民自身が自分のまちのためにアクションを起こしましょうというようなものです。まちの活性化・暮らしやすいまちの実現のために、まちに大きな影響力をもつ大型小売店も、そこに働く従業員一人一人もアクションを起こし役割を果たしていくべきで、そうすればまちがよくなり会社も潤う。

▲立川駅構内 エキュート立川店
さらには組合員の労働条件も向上する。まちのためになる取り組みをすれば、まわり回って会社にも我々にもメリットがありますよ、というような政策だったかと思います。
-そうですよね。まちを作っているのはそこに住む「自分たち」市民ですからね。
私たちは、自分たち大型小売店や労働組合だけでなく、まちを構成するいろんな人たち、NPO、大学、商店街、商工会などと連携して何が出来るか探っていきました。実際に各地でアクションを起こしてもらうには、事例をつくって発信していくのが一番効果があるだろうということで、いくつかのまちで地元のNPOなどと連携してイベントを開催するなどの取り組みもしていきました。そういうことをやっているうちに、NPOやコミュニティビジネスとか地域に密着して働いている人たちの生き方にとても興味を持ったんです。これからコミュニティービジネス、ソーシャルビジネスのニーズはどんどん高まっていくんだと確信するようになりましたし、自分自身もこういう働き方をしていきたいとも思うようになっていきました。
-少しずつ独立心が芽生えてきたのですね。
ちょうどその頃、いま住んでいる小金井市に引っ越したばかりだったんですが、自分の住んでいるところでも何かまちづくりに関われないかと思い、市主催のイベントや講座などに参加してたんです。そんな時、市役所の方から「コミュニティビジネスの中間支援組織を作りたいが、公設でつくる予定はなく、支援するから市民の有志で作らないか」というお話がありました。それで何人か有志が集まり、コミュニティービジネス起業のサポートをするNPO法人を立ち上げることになったんです。組織の立ち上げに向けて議論をする中での最大の課題が、誰がこの組織を担っていくのかということだったんですが、ちょうどその頃、出向先の上部団体から元の労組に戻ることになっていて、会社を辞めるならこのタイミングを逃しちゃいけないと思い会社を退職、そして半年後にその中間支援NPOを立ち上げたというわけです
-いろんなタイミングが重なったのですね。
そうなんです。そして、NPOの活動を始めて1年ほど経って活動も軌道に乗ってきた頃なんですが、親戚が経営していた小さなパン屋「キィニョン」が立て続けに国分寺と立川の駅ビルに出店することになり、つまり業容を大幅に拡大することになったんです。それで、その親戚から「新店舗の立ち上げを手伝ってくれないか」と頼まれたんです。
-そうだったのですか。
キィニョンは、確かに美味しくて店のイメージもよくて雑誌などにもよく取り上げられるくらい評判も良かったんですが、当時あまり経営がうまくいってなかったんです

▲人気のスコーン
NPOの方も担い手が育ってきたこともあったので、最初は少しづつ手伝うことになりました。キィニョンの方は新たな店ができた後もなかなか経営的に軌道に乗らず、結局私ともう一人が会社を買い取るような形でキィニョンを引き継ぐことになり・・・正式に就任したのは去年の4月ですね。
-まだそんなに経っていないのですね!もうずっと「キニョン」に関わっているのだと思っていました。
もともとNPOをやって社会起業家になりたかったのに、なぜかパン屋になってしまったという感じです(笑)。
-でも、経験したことが全て糧になっていますよね。百貨店での組合のお仕事とか、NPOでの経験だったり。ムダは何一つないですね。
その通りだと思います。これまでの仕事で得た知識や人脈のすべてがホントに役に立ってますね

持続可能な働き方を

-井村さんが大切にしていることや、仕事の原動力ってなんですか?
パン屋の業界は、一部の大手以外は一般的にあまり労働条件が良くないようなんです。職人さんはみんな丁稚(でっち)奉公みたいな感覚で働いているようで、低賃金で長時間労働を受け入れている。最近のとくにブーランジュリと名乗っているようなパン屋さんってなんだか華やかな感じですが、実際に働いている人は結構大変なんです。職人さんは離職率も高いですし。僕はそこを何とかしていきたいと思っています。多くの方が定年まで働くことができるパン屋を目指しています。従業員の労働環境をよくしていくにはどんな仕組みでやっていこうか具体的に検討していくのが楽しいんです。それが仕事への原動力ですかね。

-大切な考えですよね。職場環境が悪いと、良いことないですものね。
あと、会社が経営的にうまく回るようになってきたら、地域の役に立つような活動に取り組んでいきたいと考えています。会社の持ついろんな資源を使って、経営的にも地域の方にもメリットのある取り組みをいろいろと考えるのも楽しいですね。実はそれが一番の販売促進になるんだと思ってます
-地域の方のことも考えて、お互い「WINWIN」の関係を築けるように、ですね。
そうです。例えば、ちょっときれいごとのような話なんですが、うちでも何かやれる事がないか考えていた時に、たまたま近くに養護学校があって、そこの先生から高校3年生の職場体験をしたいというお話を頂いたんです。もちろん就職することを前提にしての実習です。パン屋の製造現場には、知的障害の方が働くのに適した仕事もたくさんあるので、障害者の方をお預かりできるほどの企業力はまだまだないのが現実なのですが、何とか頑張ってみようと思い受け入れることにしました。たった一人ではありますが最初の一歩です。その子が社会に出て働くことができるようになれば親や周りの方も安心するでしょうし、製造現場での単純

▲かわいい看板が出迎えてくれます
作業になかなか人が定着しない中で、その子が戦力になればうちにとっても大きな戦力を得ることになるのです。
-まさに「WINWIN」ですね。
そうなんです。こういったことがもっともっと出来るようになるためにも、早期に経営を立て直して会社がしっかりしなければいけないと思いますね。持続可能なビジネスモデルを作っていきたいですね。

野菜中心のご飯

-井村さんご自身の食生活はどんな感じですか?
パンばっかり食べています。
-やっぱり(笑)
自分のお店のパンはもちろん、勉強の為に他のお店のものも。でも基本的にはサラリーマン時代から、それなりに食べ物にはこだわっていました。健康志向で、社員食堂などでもサラダは必ずとっていましたし。今、妻が作る家のご飯も野菜中心ですしね。
-運動はいかがですか?
やらないですね。せいぜい自転車に乗るぐらいでしょうか?でもただの“移動手段”なので、運動しようと思って乗っている訳ではないのですが。自転車は便利だし、ちょっとかっこいいし、だから車に乗るのをやめて自転車にしました。自宅から立川、あるいは吉祥寺くらいまでは自転車で移動します。
-え~!すごいです!単なる移動手段を超えた距離ですよ!
でも、まだまだ足りないと思います。サラリーマン時代にはちゃんとジムに行ってエアロビなんかもやってたんですよ。
-的確な判断ができるのは、健康な体があってこそだと思います。食生活も考えていらっしゃるし、移動手段として、かなりの距離を自転車で移動していらしてすごいと思います。

地域に根ざしたパン屋

-最後に、今後の夢と目標をお聞かせ下さい。
短期的な夢は、キィニョンを「普通の会社」にしたいと思っています。労働条件の悪いパン業界ではありますが、うちの会社は、働いた分ちゃんとリターンがあって、休みもしっかりとれるようにしたいですね。従業員には週2回休んでもらっていますが、有給休暇なども取れるようにしたいし、ボーナスも早く出せるようになりたいです。レベルの低い話ですが、少なくともまず最初はそこですね。中長期的な夢は、やっぱり地域にもっと密着した商売・活動をしていきたいです。お店に食べる場所も併設したいですね。
-いいですね。ステキです。
僕はもともとNPOをやる時に、中間支援機関よりも子育て支援系のコミュニティービジネスをやりたかったんです。ちょうど自分の子どもが生まれたばかりの時だったから。それで、よくママたちから聞いていたのが「子どもを連れて行けるカフェがない」という話。確かに、ママたちが気軽に行ける息抜きの場小さな子どもも楽しめる飲食店、そんな店を作ったらおもしろいかなと。幸いキィニョンは小さい子を連れたお母さんに支持を受けているんですよ。その辺のメリットというか追い風を使って、そういう人たちに常時来てもらえる場所、普通に食べるだけじゃなくて、イベントとか教室をやったり、たまり場になったりだとか、そういうことまでやれるといいかなと。
-聞いていてなんだかこっちがワクワクします。
普通の“おいしいだけのパン屋”だと、この先厳しいと思うんです。でも、そういったことをやることで生き残れるんじゃないかと。しかも働く方も誇りが持てて、地域の中でも役に立てば、それが最高じゃないですか。そんなイメージです。
-そうですね。でも、井村さんなら実現すると思います。着実にやってらっしゃるので。
ありがとうございます。確かに、少しずつですが働く環境は良くなってきています。これから頑張っていかなければ、ですね。
-応援しています。本日はありがとうございました。
井村穣さんのお店、キィニョンではネット販売を行っています。詳しくは、キィニョンHPで!  キィニョンHP

編集後記

常に力強い信念をお持ちの井村さん。パン職人の現場の環境整備や、地域のコミュニティ形成など、他社では後回しにしそうなことを目標に掲げられています。その逆転の発想が、企業の発展にも活きてらっしゃるのですね。人々は美味しいものを食べると笑顔になります。今後益々スコーンの美味しい店「キィニョン」のご
発展をお祈り申し上げます。
こばたてるみ
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